(1)中納言参り給ひて、……
原文
①中納言参り給ひて、御扇奉らせ給ふに、 ②「隆家こそいみじき骨は得て侍れ。 ③それを張らせて参らせむとするに、おぼろけの紙はえ張るまじければ、求め侍るなり。」と申し給ふ。 ④「いかやうにかある。」と問ひきこえさせ給へば、 ⑤「すべていみじう侍り。 ⑥『さらにまだ見ぬ骨のさまなり。』となむ人々申す。 ⑦まことにかばかりのは見えざりつ。」と、言高くのたまへば、 ⑧「さては、扇のにはあらで、くらげのななり。」と聞こゆれば、 ⑨「これは隆家が言にしてむ。」とて、笑ひ給ふ。
現代語訳
①中納言(=藤原隆家)が〔中宮定子のもとに〕参上なさって、御扇を差し上げなさるときに、②「〔この私〕隆家はすばらしい〔扇の〕骨を手に入れております。③それ〔に紙を〕張らせて献上しようと思っておりますが、ありふれた紙は〔不調和で〕張ることができそうにもないので、〔ふさわしい紙を〕探しております。」と申し上げなさる。④〔中宮が〕「〔その骨は〕どのようなものですか。」とお尋ね申し上げなさったので、⑤「すべてみごとでございます。⑥『まったく今までに見たことがない骨のようすだ』と人々は申します。⑦ほんとうにこれほどの〔骨〕は見たことがありません。」と声高に(=得意げに)おっしゃったので、⑧〔私が〕「それでは、扇の〔骨〕ではなくて、くらげの〔骨〕のようですね。」と申し上げると、⑨〔中納言は〕、「これは〔私〕隆家の言葉にしてしまおう。」と言って、笑いなさる。
(2)かやうのことこそは、……
原文
①かやうのことこそは、かたはらいたきことのうちに入れつべけれど、②「一つな落としそ。」と言へば、いかがはせむ。
現代語訳
①このようなことは、きまりが悪いことのなかに加えてしまうべきだけれど、②〔人々が〕「一つも書き落としてくれるな。」と言うので、どうしようか。いや、どうしようもない〔ので書いた〕。