① 丹波に出雲といふ所あり。
丹波の国に出雲というところがある。
に=［格助］場所
出雲=［名］
と=［格助］引用
いふ=［動］ハ四「いふ」体
所=［名］
あり=［動］ラ変「あり」止
② 大社を移して、めでたく作れり。
〔そこに〕出雲大社〔の神霊を〕移して、立派に造ってある。
を=［格助］動作の対象
移し=［動］サ四「移す」用
て=［接助］単純な接続
めでたく=［形］ク「めでたし」用
作れ=［動］ラ四「作る」已
り=［助動］存続「り」止
③ しだのなにがしとかやしる所なれば、秋のころ、聖海上人、そのほかも、人あまた誘ひて、
しだのだれそれとかが領有しているところなので、秋のころ、〔この人は〕聖海上人、その他も、人を大勢誘って、
と=［格助］引用
か=［係助］疑問
や=［間投助］
しる=［動］ラ四「しる」体
所=［名］
なれ=［助動］断定「なり」已
ば=［接助］原因・理由
秋=［名］
の=［格助］連体修飾格
ころ=［名］
聖海上人=［名］
その=［連語］
ほか=［名］
も=［係助］並列
人=［名］
あまた=［副］
誘ひ=［動］ハ四「誘ふ」用
て=［接助］単純な接続
④ 「いざたまへ、出雲拝みに。かいもちひ召させん。」とて、
「さあいらっしゃい、出雲大社の参拝に。ぼたもちをごちそうしましょう。」と言って、
たまへ=［動］ハ四「たまふ」令
出雲=［名］
拝み=［動］マ四「拝む」用
に=［格助］動作の目的
かいもちひ=［名］
召さ=［動］サ四「召す」未
せ=［助動］使役「す」未
ん=［助動］意志「む」止
とて=［格助］引用
⑤ 具しもて行きたるに、おのおの拝みて、ゆゆしく信おこしたり。
〔それらの人を〕連れて行ったところ、おのおの〔出雲大社〕を拝んで、たいそう信心を起こした。
もて行き=［動］カ四「もて行く」用
たる=［助動］完了「たり」体
に=［接助］単純な接続
おのおの=［副］
拝み=［動］マ四「拝む」用
て=［接助］単純な接続
ゆゆしく=［形］シク「ゆゆし」用
信=［名］
おこし=［動］サ四「おこす」用
たり=［助動］完了「たり」止
⑥ 御前なる獅子・狛犬、背きて、後ろさまに立ちたりければ、上人いみじく感じて、
〔社殿の〕御前にある獅子・狛犬が、背を向けてあって、後ろ向きに立っていたので、上人はとても感動して、
なる=［助動］存在「なり」体
獅子=［名］
狛犬=［名］
背き=［動］カ四「背く」用
て=［接助］単純な接続
後ろさま=［名］
に=［格助］状態・状況
立ち=［動］タ四「立つ」用
たり=［助動］存続「たり」用
けれ=［助動］過去「けり」已
ば=［接助］原因・理由
上人=［名］
いみじく=［形］シク「いみじ」用
感じ=［動］サ変「感ず」用
て=［接助］単純な接続
⑦ 「あなめでたや。この獅子の立ちやう、いとめづらし。深きゆゑあらん。」と涙ぐみて、
「ああすばらしいことだ。この獅子の立ち方は、たいそう珍しい。深い理由があるのだろう。」と涙ぐんで、
めでた=［形］ク「めでたし」語幹
や=［間投助］詠嘆
この=［連語］
獅子=［名］
の=［格助］連体修飾格
立ちやう=［名］
いと=［副］
めづらし=［形］シク「めづらし」止
深き=［形］ク「深し」体
ゆゑ=［名］
あら=［動］ラ変「あり」未
ん=［助動］推量「む」止
と=［格助］引用
涙ぐみ=［動］マ四「涙ぐむ」用
て=［接助］単純な接続
⑧ 「いかに、殿ばら、殊勝のことは御覧じとがめずや。むげなり。」と言へば、
「なんと、皆さま、〔この〕すばらしいことをご覧になって、お気づきになりませんか。〔気づかないとは〕あんまりです。」と言うので、
殿ばら=［名］
殊勝=［名］
の=［格助］連体修飾格
こと=［名］
は=［係助］主題の提示
御覧じとがめ=［動］マ下二「御覧じとがむ」未
ず=［助動］打消「ず」止
や=［係助］疑問
むげなり=［形動］ナリ「むげなり」止
と=［格助］引用
言へ=［動］ハ四「言ふ」已
ば=［接助］原因・理由
⑨ おのおのあやしみて、「まことに他に異なりけり。都のつとに語らん。」など言ふに、
おのおの不思議がって、「ほんとうに他と異なっているなあ。都の土産話に語ろう。」と言うと、
あやしみ=［動］マ四「あやしむ」用
て=［接助］単純な接続
まことに=［副］
他=［名］
に=［格助］比較の基準
異なり=［形動］ナリ「異なり」用
けり=［助動］詠嘆「けり」止
都=［名］
の=［格助］連体修飾格
つと=［名］
に=［格助］動作の対象
語ら=［動］ラ四「語る」未
ん=［助動］意志「む」止
など=［副助］引用
言ふ=［動］ハ四「言ふ」体
に=［接助］単純な接続
⑩ 上人なほゆかしがりて、おとなしくもの知りぬべき顔したる神官を呼びて、
上人は〔その理由を〕いっそう知りたがって、年配で主だっていて物事を心得ているにちがいない神官を詠んで、
なほ=［副］
ゆかしがり=［動］ラ四「ゆかしがる」用
て=［接助］単純な接続
おとなしく=［形］シク「おとなし」用
もの=［名］
知り=［動］ラ四「知る」用
ぬ=［助動］強意「ぬ」止
べき=［助動］当然「べし」体
顔=［名］
し=［動］サ変「す」用
たる=［助動］存続「たり」体
神官=［名］
を=［格助］動作の対象
呼び=［動］バ四「呼ぶ」用
て=［接助］単純な接続
⑪ 「この御社の獅子の立てられやう、さだめてならひあることに侍らん。
「この御社の獅子のお立てになるやり方は、きっといわれがあることでしょう。
御社=［名］
の=［格助］連体修飾格
獅子=［名］
の=［格助］連体修飾格
立て=［動］タ下二「立つ」未
られ=［助動］尊敬「らる」用
やう=［接尾語］
さだめて=［副］
ならひ=［名］
ある=［動］ラ変「あり」体
こと=［名］
に=［助動］断定「なり」用
侍ら=［動］ラ変「侍り」未
ん=［助動］推量「む」止
⑫ ちと承らばや。」と言はれければ、
ちょっと〔そのいわれを〕伺いたいものです。」とお言いになったところ、
承ら=［動］ラ四「承る」未
ばや=［終助］願望
と=［格助］引用
言は=［動］ハ四「言ふ」未
れ=［助動］尊敬「る」用
けれ=［助動］過去「けり」已
ば=［接助］偶然条件
⑬ 「そのことに候ふ。さがなき童べどものつかまつりける、奇怪に候ふことなり。」とて、
「そのことでございます。いたずらな子どもたちがいたしましたことで、けしからんことでございます。」と言って、
こと=［名］
に=［助動］断定「なり」用
候ふ=［動］ハ四「候ふ」止
さがなき=［形］ク「さがなし」体
童べども=［名］
の=［格助］主格
つかまつり=［動］ラ四「つかまつる」用
ける=［助動］過去「けり」体
奇怪に=［形動］ナリ「奇怪なり」用
候ふ=［動］ハ四「候ふ」体
こと=［名］
なり=［助動］断定「なり」止
とて=［格助］引用
⑭ さし寄りて、据ゑ直していにければ、上人の感涙いたづらになりにけり。
近寄って、〔獅子・狛犬を〕据え直して立ち去ったので、上人の感涙はむだになってしまった。
て=［接助］単純な接続
据ゑ直し=［動］サ四「据ゑ直す」用
て=［接助］単純な接続
いに=［動］ナ変「いぬ」用
けれ=［助動］過去「けり」已
ば=［接助］原因・理由
上人=［名］
の=［格助］連体修飾格
感涙=［名］
いたづらに=［形動］ナリ「いたづらなり」用
なり=［動］ラ四「なる」用
に=［助動］完了「ぬ」用
けり=［助動］過去「けり」止
